自己紹介(幼少期~)

幼少期

下町で自営業を営む親の元に生まれました。

昭和50年代生まれでございます。

両親は10年以上子供に恵まれず・・・

不妊治療を諦め外に仕事に出た母でしたが

そんな時に私を妊娠。

無事出産したそうです。

その後、弟も生まれ、

祖父母両親弟の6人家族で育ちました。

祖母と母の関係も良好でしたし、温かい家族でしたね。

自営業なので祖父も父も自宅に常にいましたから

母は事務作業だけではなく家族の食事を3食を作り

自分の時間なんてほとんどない印象でしたね。

祖母はとっても優しい人でしたが、今思うと母とは真逆な性格だったので

母は人知れず苦労してたことと思います。

私が母と同じ人生送れって言われたら正直しんどいなって思うくらい・・・。

まぁ、母の事はいつかゆっくり書くとして、

私はのんきな幼少期を送っていたのであります。

勉強しろとも言われない

私は絵を描く事と動物と遊ぶのが好きな子供でした。

昭和の話ですけど、

学校帰りに知らぬ方の家の猫ちゃんと遊んで帰ったり

インコを飼ってる方の家に上がり込んだり、

今では考えられませんよね。

好き勝手してても、親は怒る事も勉強しろとも言わずに

私は好き頑張る事などせずに怠けものが進化しながら成長していきます。(泣)

思春期

中学生になり怠けモノが加速。

今思うと、勉強しないくせに勉強してるフリはなぜかしてた気がします。

親も勉強しろと怒るタイプでもなかったから

「勉強してるフリ」の必要性はゼロだったはずなのに、

なぜか「勉強してるフリ」をするのです。してしまうのです!

今でも笑い話にしますが、歴史の勉強が嫌い過ぎて

でも点数取れないのは嫌。

それで思いついたのが、カセットテープに歴史の範囲音読をして

寝ながら聞くというどうしょうもない事。

それを1週間聞いて過ごしたならまだマシだったかもしれない。

テスト前日の夜中に思いついてやるもんだから

そりゃ酷い事になるわけですよね。

(旦那はこの話が好物で、事あるごとに話を出して笑っています。)

塾にも通っていたけど、金の無駄だなぁ、って子供心に思いながら

仕方なく通っていました。(私が親なら即辞めさせるね)

そんな私でも下町の出来の悪い子ばかり揃っていた中学だったお陰で

平均点くらいは取れていて

勉強してるイイコちゃんのフリは上手だったので

推薦で私立高校に行けたんですよ。(笑)

苦労もせずに・・・(苦笑)

楽しい女子校

電車に乗って通う女子校。コギャル世代。

もう勉強なんてするわけない。

毎日、毎日、遊んでいましたね。

バイトもたくさんした。

でも無駄遣いはしてなかったなぁ。

高校卒業するまでに50万くらい貯金がありました。

そう、私は貯める力だけはあったんですよね。

時給600円台の時代に真面目に3時間働いたって2000円にもならない。

でも月に2万とか3万とか働いた分ほとんど貯金してたんですよね。

これはもう性格だよね。

バーバリーのマフラーやラルフローレンのセーター

みんな買って着ている時代に

バーバリーっぽい柄のマフラーと無地の紺のセーターで

満足していた私。もう価値観出来上がっていたんですよね。

やりたいことが見つからない

勉強は嫌いだし、やりたいこともないから

親に勧められて栄養士の学校に通う事になった。

今考えると、理科も数学も嫌いで料理も好きじゃない私が

行ったのか、わけわかんないけど、、、

なぜか行ったからには勉強せねばと思うようになり

(金が勿体ないと思ったはず)

それなりに勉強して、栄養士として働くのもいいかな

と思い病院へ就職。

給食業界

病院とはいえ給食業界。

給食業界って変な人ばっかりと聞いていて

お局みたいな人にいじめられるとか色々嫌な話は

沢山聞いてました。(今でもめちゃくちゃ聞く。。。)

私は今に至るまで職場運が異常に良いらしく

当時も愛のある厳しい人には出会ったけど、

性格の悪い意地悪な人には出会わずに済みました。

まぁ、ざっと結婚するまでの自己紹介でした。

いやー、こうやって振り返ると

ラクな方に流れてばかりだったなぁ・・・

でも、その中でもはっきりした価値観があったんだなって

改めて自己の理解に繋がりました!

ブログ書いて筆記開示になって自己理解が深まるなんて最高過ぎますね!

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