高度成長期に不動産と投資で財産を増やした母の手腕1

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くるみ
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悔しさや嫉妬を力に変えるシリーズで書きましたが、私の実家にはそこそこ資産がありました。その資産を増やせたのは母の力があってこそです。悔しさを乗り越えた私は母のように資産を増やしていきたいと思えるようになりました。でも子供には平等にします。(残したくありません。)そこだけは真似しません。(笑)

私の母

私の母は、7人きょだいの末っ子で、自分の事をいつも勉強もしない努力も出来ない流されてばかりだー

と私が子供のころから話しており、あまりに小さい頃から聞いているもので、

いつの間にか母はそんな人なんだ。と刷り込まれていた気がする。

しかし、母が数年前がんになった時、

落ち込む事もなく淡々と・・・

「子供たち(私と弟のこと)もちゃんと成長してくれたし、楽しい人生だったから思う残す事ない」

と泣き言をいう事もなければ、だからといって治療を拒否するわけでもなく、医師には自分の病状も聞かず、

淡々としていた。

母曰く「今、ステージいくつって知ったところで私が何か出来るわけじゃないし、先生の言う通りにするだけだよ」

と、本当に淡々と。そして今も元気に過ごしている。

結局、メンタルが強いんじゃん。流されてないじゃん、全部自分の意志で選択してるんじゃん。

と親の性格を大人になってから少しづつ理解していく私であった。

簿記の資格持ち

母の実家は田舎の兼業農家みたいな家だったんだけど、とにかく話に出るのは

「貧乏だった・・・」

である。

しかし、母は私学の女子校に中学から通っていた。

それを聞いた人は皆思うであろう。

「何が貧乏なのだ?」

と。

そこはまたものすごい祖母がいるので、いつか話を書こうと思う。

母は商業科に通っておりそろばんと簿記の資格を持っている。

母は自分では勉強しなかったから私は何も出来ない。が口癖だが、当時の商業科はレベルが高かったと思うので、

相当な謙遜をしているんではないか?と最近は思っている。

父との結婚

父は、親の稼業を継いで働いていた。

父と母はお見合いのような結婚をした。厳密に言うと少々違うのだが、大きく言えばお見合いみたいなものなのだが。

次回は母が嫁いだ後何を行ったを書いていきたいと思います!

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